アマテルヨガのクラス内容の毎月末の振り返りをしている連載ですが、今月は珍しく書籍の紹介から入らせていただきます。(私のクラス同様自由すぎる展開)

「あの人は、いったい1日が何時間あるんだろう?」と思ってしまうほど、物事を段取りよくテキパキこなす人って、いますよね。
「それに比べて自分は…」と頭を抱えてしまう。
では、そういう「要領がいい人」たちは、生まれつき頭がよかったり、センスや才能の持ち主だったりするのでしょうか?
いえ、「要領がいい・悪い」は、決して才能やセンス、ましてや生まれつきの頭のよさの問題ではありません。
「要領がいい人」は、ほんの少し、「脳の使い方」が違うだけ。この本では、「要領がいい」ということを、「ゴールへの最短距離を進めること」と定義し、その方法を、最新の脳科学から解き明かします。
あ~、よくある自己啓発系のハウツー本ね…って思いました?私は最初そう思いました。
しかし、一見そう見えるけど、著者の本当のメッセージは違うところにあると感じたのは冒頭のこの一説を読んだから。
本書が目指すのは、「速く・大量に作業をこなすほど人間的な価値が高い」という思考からの脱却です。
(中略)
「他人や社会に急かされて行動するのが当たり前」という幻想から抜け出し、本当の充実感を得る。そのために脳の使い方を変えるのです!
この前提を共有された状態で読むと、この本の背骨には「脱・根性論」がしっかり貫かれており、体力や精神力のような個々人のポテンシャルを問わず、心身をできるだけ消耗せず、パフォーマンスをあげる方法を徹底して伝えてくれていることがよくわかります。
テクニックの個別具体については実際中身を読んでいただくのが良いですが、脳の使い方、といいつつ、思考のテクニックと同じくらい、身体感覚を利用することが重要であることが書かれています。
なぜなら、身体を動かさずに頭の中だけで動かせる脳の回路(ドーパミン欲求回路)と、身体感覚に意識を向けたときに働く回路(デフォルトモードネットワーク)が違うからです。
我々が「頭の中がごちゃごちゃ」「頭の中だけ忙しいのに何もできてない」的な行き詰まりを感じている時って、前者が暴走状態にあるときで、そうなってしまったら、デフォルトモードネットワークをオンにして修正する必要があるわけですが、その方法がまさにヨガすぎることには驚かされます。
もちろんヨガ自体が、いまここの身体感覚に意識を向けることに特化しているからなのですが。
そして、このように身体感覚に意識を向けたり、【思考の間(ま)】を作ってあげたりしながら、ドーパミンの暴走の修正をつづけていくと、やがて脳がこれまでのインプットを自然と統合してくれて、勝手に良い選択をしてくれる(ひらめき、のような形で思いつく)ようになり、我々はその脳の自動運転に任せているだけで、あふれかえる情報に惑わされず、「要領のよい人」になれる、という境地がやってくる、らしいです。

「らしいです」って…!なぜ他人事みたいに書いてしまったかというと、ヨガを教えているのに、私自身はまだそこまで要領のよい人間になれていないからです。
ただ、本書の読了後、お問い合わせの即レスや、だらだらネットサーフィンなどのドーパミン過剰な反応は徐々に減りつつあるので、ちゃんと効果を感じていますよ〜!
ここからは、そんな道半ばな私の状況もふまえつつ、ヨガの方法論で要領よく身体を使えるようにするにはどうすればいいか、という話をしていきます。
そう、「要領を良くする」というのは脳だけではなく、身体にも適用できるんですね。
脳も身体も、本来の機能が働きやすい状態を作ってあげられれば、変にコントロールせずとも、おまかせ自動運転モードでよくなります。
ん〜?どうやって…!?!?
やはりそれも「身体感覚」「身体の動かし方のテクニック」がキーになってきます。
私のクラスの中で、あるいはほかの先生のクラスの中で「脳の指令で身体を動かすのではなく、身体の部位もそれぞれ意見を持って動いているから、その意見を聞きつつ、正しい方向性に導いてあげよう」といった趣旨の誘導を記憶している方もいるかもしれません。
しかし、正しい方向性を示したところで、身体との信頼関係が築けていないとなかなか聞いてもらえません。整体などで力づくで押し込んで、もみ返しで具合悪くなる、みたいな経験をお持ちの方なら理解しやすいと思います。
私たちもそうであるように、身体の部位たちもまたパワハラ上司、無視する同僚の言うことなんて聞きたくないし、親身になってくれるカウンセラーの助言なら耳を貸そうとします。
だから私のクラスではしつこく、痛すぎない程度に癒着を剥がし、正しい位置に骨を誘導して、気持ち良く呼吸が入ることを確認する、という一連の流れを何度も繰り返します。つまり、身体の言い分を聞いたり、楽な方向性を提案したり、という時間をしっかりとるわけです。
現在のやり方に至るまでの間、私自身も、自分の身体感覚をないがしろにして、頭の中の思考だけでどうにかしようと、(自分の身体だけど)虐待のような使い方をしていた時期がかなり長くあります。
ヨガをはじめてからも、ケガをするほど追い込んだこともありますし、関節を外してグラグラな状態でポーズの完成形を作っていたこともあります。
そんな結果得られたのは、ぱっかんと開いて前突した肋骨、たくましい二の腕や太もも、そして真っ平で常にバキバキで痛む首や背中や腰。
ポーズがいくら上手にとれたとて、それでは意味がありません。ストイックですね!という他人の言葉にどれだけの価値があるというのでしょう?
9月のヨガでは、舌の動きを使った肋骨の向きの調整、肘関節の回転の動きを使って、無理なく身体の機能を取り戻す、ということをしました。つまり、身体の動かし方のテクニックにあたることをお伝えしました。
わずかな動きですが、呼吸のしやすさがすぐに変化するので楽しみながら取り組めたのではないでしょうか。
こんな動きしたことない!という不思議な動かし方をすることもありますが、実は加齢とともに使えなくなっていってしまい、機能低下していた部位を逆回転して、何のしがらみもない赤ちゃんの頃の配置に戻してあげただけなんですね。
苦しい方向に変形してしまう身体にも、そうなってしまう理由があります。言い分を聞きながら、動きを阻害しているロックを外してあげる、そして、それぞれの特性に合った使い方を再構築し、身体感覚のアンテナを高くして、本来のあるべき場所での快適さを存分に味わうことで、身体との信頼関係が取り戻されていきます。
そして、身体が元の配置で機能を取り戻してくると、身体の感覚に任せておくだけで、自動運転でうまくいく「要領のよい身体」へと作り替えられていきます。
無理な食事制限、常にどこかが痛い筋トレ、過剰なストレッチ、そういうのにエネルギーを使わなくても、あるがままの快適な身体に充実感が得られるならそれが一番ですよね。
やっと身体の楽な季節になりうれしいですね。10月もじっくり身体と対話していきましょう。
